元となる鍵が一本もない。そんな絶望的な状況で、唯一の希望となるのが、鍵穴の情報だけを頼りに、全く新しい鍵を生み出すという、鍵師の持つ究極の技術です。この「鍵穴からの鍵作成」は、単なる複製(コピー)とは一線を画す、まさにゼロからイチを創造する、職人技の真骨頂と言えるでしょう。その作業は、さながら精密機械を相手にする外科手術のようでもあり、あるいは、難解な暗号を解読する探偵のようでもあります。まず、鍵師が取り出すのは、「テンションレンチ」と「ピックツール」と呼ばれる、特殊な工具です。テンションレンチを鍵穴に差し込み、シリンダーの内筒に、ごくわずかな回転方向の力(テンション)をかけ続けます。このテンションをかけた状態で、もう一方の手に持った、先端が様々な形状をしたピックツールを鍵穴に挿入し、シリンダー内部にある複数のピンを、一本一本、探り当てていきます。鍵師の指先は、ピックツールを通じて、ピンの硬さや、動く感触、そして、正しい高さに達した瞬間の、ほんのわずかな「クリック感」を感じ取ります。全てのピンを、正しいシアライン(内筒と外筒の境界面)に揃えることができれば、シリンダーは回転し、まずはドアを開けることができます(ピッキングによる開錠)。しかし、鍵作成は、ここからが本番です。開錠した状態から、さらに別の特殊な工具やスコープを使って、それぞれのピンがどのくらいの高さでシアラインに揃ったのかという、「ピンの深さ」のデータを、正確に読み取っていきます。この読み取ったピンの深さの組み合わせこそが、その鍵の本来の形状、すなわち「設計図」なのです。全てのピンの深さを解読し終えたら、そのデータを基に、キーマシンにブランクキー(何も削られていない鍵)をセットします。そして、読み取ったデータ通りに、キーマシンが自動で、あるいは鍵師の手動で、ブランクキーを精密に削り出していきます。削り上がった鍵を鍵穴に差し込み、スムーズに回転することを確認して、ようやく作業は完了です。この一連の作業は、長年の経験によって培われた、指先の鋭敏な感覚と、鍵の構造に対する深い知識がなければ、決して成し遂げることはできません。
鍵穴から鍵を作る!鍵師の驚くべき技術