あれは初めての一人旅で訪れたヨーロッパからの帰国日、空港のベンチで荷物を整理しようとした時のことでした。一週間分の思い出が詰まったスーツケースの鍵が、どこを探しても見つからないのです。フライトの時間は刻一刻と迫り、私の心臓は焦りで早鐘を打ち始めました。その時、ふと頭をよぎったのが、昔見たスパイ映画のワンシーンです。主人公がヘアピンで鮮やかに鍵を開ける、あの姿。「もしかしたら、自分にもできるかもしれない」。何の根拠もない自信に突き動かされた私は、化粧ポーチからヘアピンを二本取り出しました。一本を「く」の字に曲げてテンションレンチ代わりに、もう一本の先端を伸ばしてピックのつもりで鍵穴に差し込みました。周囲の目を気にしながら、映画の真似事のようにカチャカチャと鍵穴を探りますが、当然ながら内部の構造などわかるはずもありません。ただ闇雲に内部を引っ掻き回しているだけでした。焦れば焦るほど、指先に力が入ります。そして、次の瞬間、「パキッ」という乾いた、そして絶望的な音が鍵穴から響きました。ヘアピンの先端が、内部で無残にも折れてしまったのです。私は完全にパニックになりました。折れた破片を取り出そうと、もう一本のヘアピンで試みましたが、それは事態を悪化させるだけでした。破片はさらに奥へと押し込まれ、鍵穴は完全に塞がってしまいました。もはや万事休すです。結局、私は空港のインフォメーションカウンターに泣きつき、紹介された専門業者に鍵を破壊してもらうしかありませんでした。ドリルが甲高い音を立てて私のスーツケースに穴を開けていく光景は、楽しかった旅の思い出をすべて打ち消すほど悲しいものでした。修理代と業者の出張費で、お土産代が軽く吹き飛んでいきました。あの時、安易な知識に頼らず、素直に専門家に助けを求めていれば、私の大切なスーツケースを傷つけることも、余計な出費をすることもなかったのです。この苦い経験は、素人考えの恐ろしさを私に教えてくれた、何よりの教訓となりました。