海外旅行用のスーツケースの鍵をよく見ると、鍵穴の横に赤い菱形(ひしがた)のマークが刻印されていることがあります。これが、いわゆる「TSAロック」の目印です。このTSAロックの仕組みを正しく理解することは、鍵を紛失した際にパニックに陥り、ヘアピンで鍵穴を壊すといった愚かな行為を防ぐために非常に重要です。TSAとは、アメリカ国土安全保障省の運輸保安局(Transportation Security Administration)の略称です。同時多発テロ以降、アメリカの空港では預け荷物の中身を係官がランダムに開封し、目視で検査することが義務付けられています。この時、もしスーツケースに施錠されていると、係官は乗客の許可なく鍵を破壊してでも検査を行う権限を持っています。つまり、アメリカを経由、あるいは目的地とする旅行者は、スーツケースを施錠しないか、あるいは破壊されても文句は言えないという状況に置かれていたのです。この問題を解決するために開発されたのがTSAロックです。このロックシステムは、持ち主である旅行者が使う鍵やダイヤル錠とは別に、TSAの係官だけが持っている特殊な形状のマスターキーで開けることができる、もう一つの「特別な鍵穴」を備えています。これにより、係官はスーツケースを破壊することなく、スムーズに保安検査を行うことができ、検査後は再び施錠してくれるのです。ここで絶対に誤解してはならないのは、このTSAロックの鍵穴は、あくまでTSAの係官のために用意されたものであり、私たち一般の旅行者が使うためのものではない、ということです。ですから、もしあなたが自分の鍵を紛失してしまったからといって、この特別な鍵穴にヘアピンを差し込んで開けようとしても、全く意味がありません。内部の構造が全く異なるため、開くことは絶対にありませんし、ただ内部機構を破壊してしまうだけです。TSAロックの鍵をなくしてしまった場合の対処法は、他の鍵と全く同じです。スペアキーを探すか、プロの鍵屋さんに解錠を依頼するかの二択です。TSAロックは、私たちの荷物の安全とスムーズな旅を守るための画期的なシステムです。その役割を正しく理解し、決してヘアピンなどでいたずらにいじらないようにしましょう。
その鍵穴はあなたのためじゃないTSAロックの真実