それは、何の変哲もない、いつも通りの火曜日の夜でした。残業を終え、最寄り駅に着いた私は、駅前のスーパーで夕食の買い物を済ませ、家路につきました。自宅マンションのドアの前で、いつものようにカバンの中を探った時、異変は起きました。いつも、カバンの内ポケットの、決まった場所にあるはずの、あの冷たい感触がないのです。最初は、たいして気にしませんでした。急いでいて、違う場所に入れたのだろう、と。しかし、カバンの中身を全て路上にぶちまけても、鍵は見つかりません。コートのポケットも、スーツのポケットも、全て空っぽ。その瞬間、私の背筋を、氷のように冷たい汗が流れました。「鍵を、落とした」。その事実が、疲れきった私の脳を、一瞬で覚醒させました。パニックになりそうな頭で、必死に行動ルートを遡りました。会社か、駅か、それともスーパーか。会社に電話をかけても、もう誰もいません。駅の忘れ物センターは閉まっています。スーパーに戻り、店員さんに尋ねましたが、届け出はないとのこと。時間はすでに夜の10時を回っていました。途方に暮れた私は、ふと、キーケースの中に、運転免許証も一緒に入れていたことを思い出し、全身の血の気が引きました。鍵と住所が、セットで誰かの手に渡っているかもしれない。家に入れないという不便さよりも、家族の安全に対する恐怖が、私の心を支配しました。私は、震える手で、妻に電話をかけました。幸い、妻はまだ起きており、スペアキーで家の中には入れましたが、その夜、私たちは一睡もできませんでした。窓の外の些細な物音に、何度もビクッと体を震わせました。翌朝、私は一番に、信頼できる鍵の専門業者に電話をかけ、事情を説明し、玄関の鍵を、防犯性の高いディンプルキーに交換してもらいました。そして、警察に遺失物届を出し、運転免許の再交付手続きに向かいました。新しい鍵を受け取った時、私は、これまでに感じたことのないほどの、重い安心感を覚えました。あの一日は、私にとって、たった一本の鍵が、いかに私たちの平和な日常を支えていたか、そして、その管理を怠ることの代償がいかに大きいかを、骨身に染みて教えてくれる、忘れられない悪夢のような一日となったのです。
ある日突然、家の鍵をなくした私の一日